コラムニストの品格と戦略
コラムニストとは、週刊誌や新聞にニュースや注目されている物事を客観的に自分の見解を絡めて書く人や、同時にコメンテーターとして度々表に顔を出す人の事である。そもそも、コラムニストやコメンテーターが必要なのか?
新聞に出てくるコラムニストは、流石、文章が整っており、どの銘柄を見てもレベルは一定の様に感じる。
しかし、週刊誌やバラエティーのコメンテーターは、中にはお門違いで生放送中にヒヤヒヤする発言をする様な人も出てくるし、誰とは言わないが、スッキリに出てくる某氏は態度が悪く、自分が興味を持っている事にしか関心を示していないのが見て分かる。
そんな人間が本当に必要なのだろうか?
この問題は、ブロガーの集客と非常に良く似ている。
ブロガーが人に読んで貰いたい記事を書く場合、ある程度手法が決まってくる。
一つはロジカルシンキングに基づいた書き方。
ロジカルシンキングに基づいた書き方は、相手が読んで「なるほど!」と思わせる様な構成になっています。簡単に言うと、それが商品販売であるならば、その商品はどういう物で、どういった理由から売れているのか?その引用元はどこなのか?という様な構成になります。
もう一つは煽りや炎上を絡めた書き方。
題名を煽り文にし、本文に賛否両論あるであろう事や確証の無い事をあたかも真実のように書く事です。これの代表例はアメリカ合衆国の大統領スピーチなんかが該当します(演説手法もある程度決まった物がありますが・・・)
賛成派と反対派はいますが、どちらにとっても大きな印象に繋がり、結果長期に渡って注目を浴びることになります。
もうお分かりかと思いますが、態度が悪かったり、文章やコメントのレベルが低いコラムニストやコメンテーターが居るのは、その週刊誌、バラエティーなどの戦略でもあるのです。
流石に長期に渡って出した場合、批判は殺到するでしょうが、そういう場合は打ち切ってしまえばいいのです。
つまり、そのコラムニスト、コメンテイターはもしかしたら、編集長や放送作家の作ったレールの上でその役を演じている場合があったり、生きるも死ぬもその方針次第だということです。
SNSでも特定のコラムニストを否定や批判をしている人をよく見るのですが、うまく戦略に乗せられてるな。と感じさせられます。私もその一人ですが、それを理解した上でネタとして使わせて貰っています。
そういった感じに物事を捉えると違った考え方が見えてきますし、新たな発見をする事もしばしばです。
ただし、単純にそのコンテンツを楽しみたいならば、この考え方は無粋かもしれません。